2015年07月29日

ヤマダ襲撃事件2 間食はディナーのあとで

以前に一度書かせて頂いたとは思うのですが、新しい読者の皆さまにも、ぜひとも知っておいて頂きたい我が心の故郷(?)。

「また、あれかよ?」とお嘆きのベテラン読者の方々には大変申し訳ないのですが、今回はちょっぴり追加情報もあったりしますので、どうか最後までお付き合い下さい。

わたくしが通っていた小学校の裏手には、木造平屋建て、ガラスの引き戸で店内は丸見えの「駄菓子屋」がありました。

かれこれ40年近く前には、毎日毎日放課後ともなりますと、小学生の集団でお店は大繁盛。

押すな押すなの大混雑ぶりでございましたが、スーパーマーケット、コンビニエンスストアの台頭などもございまして、数年前には、惜しまれつつも閉店してしまいました。

たまたまその路地を先日通り掛かったのですが、何ということはない2階建ての住宅に立て直された佇まいを見るにつけ、当時が妙に懐かしく、また店主は未だ健在なのか?

そこんところが気になって仕方がないこともあり、その場所に「伝説の駄菓子屋」が存在したことなど、もう誰も語らないであろうと思えば、幾ばくかの寂寥感(せきりょうかん)を覚えるのでありました。

おそらく当時30代であったと思われる店主は、有名人に例えて言えば、あき竹城(たけじょう)さん、落合博満(おちあいひろみつ)さんの奥様にそっくりなルックス。

声は大きく、がらっぱちな性格で、いつも子供たちを怒鳴りつける豪快なキャラクターでした。

屋号からもお解りのように、おそらく苗字は「ヤマダ」だとは思われますが、その真偽については定かではありません。

「ヤマダ」という苗字で30代、なのに、付いたあだ名は「ヤマダのババア」。

小学生たちから、ありったけの愛情を込め、学校と言わず、家庭と言わず、「今日さぁ、ヤマダのババアがさぁ」と日常会話という会話に登場するババア。

以前にも、一度取り上げたことがございましたが、定期的にお話ししておかないと、あっけなく風化してしまうであろう「ヤマダ襲撃事件」につきまして、今週はひとつ語らせて頂きます。

文中、「ババア」という単語が、これでもかと登場致しますが、別に悪気がある訳ではございませんので、どうかご容赦下さいませ。

お客である小学生に対して、時には無礼な態度に出るババア。

「あんた、駄菓子ばっかり食べてるから、そんなにお腹が出てんじゃないのぉ?」

「あんたはさぁ、ちょっと歌手の橋 幸夫(はし ゆきお)に顔が似てんねぇ、でも、そうでもないか、おばさん、目があんまり良くないんでねぇ」

その度に、小学生たちはいちいちカチンときておりました。

騒動の発端を知る者は1人とていないと思われますが、ただ何となく、別に熱心な指導者もいなかったのにもかかわらず、カミュの「異邦人」のように、本当に動機は曖昧なまま事件は起こったのでございます。

ヤマダでは、「花火」が1年中売られておりました。

フツーは夏だけだと思われるのですが、なぜか年がら年中置かれている。

ヤマダのババアに、一泡吹かしてやろうぜ。

小学生が考えることは単純かつ、ストレートでございます。

値段がそれほどでもない「爆竹(ばくちく)」を大量に購入し、ヤマダのババアが席を外したスキを見計らって、火のついた爆竹を店内に投げ込むのです。

パン、パン、パン、パーン!

煙とともに盛大なパーティーでも始まったかのようでした。

走り去る小学生たち。

背後からは、「こぉ〜らぁ〜、なぁ〜にしてんだぁ〜!」とババアの叫び声が聞こえて参ります。

振り返れば、愛用している「ゲタ」を右手で振り上げ、裸足で追って来るではありませんか!

全力疾走する子供たち。

毎度毎度、ババアから逃れるスリルが堪らないのでしょうか、日に日に襲撃犯(?)たちの人数は増え、気がつけば100人を裕に超えようとしていました。

毎日、投げ込まれる爆竹。

売れば、投げ込まれるのですから、売らなきゃいいのに、そこはほれ、ヤマダも立派な「企業」ですから。

爆竹は、おそらく当時のヤマダの経営を支える大ヒットアイテムだったと思われ、どんなに投げ込まれても、売れるものは仕方がない。

「マッチポンプ」とはこのことなのでしょうか?

「襲撃」という被害を受けても、「売り上げ」には敵わなかったのでしょう。

小学生と言えども、毎回おんなじような襲撃を繰り返しておりますと、さすがに飽きて参ります。

ある日などは、ヤマダの裏手にございました木造2階建てのアパートに忍び込む。

ポケットというポケットには拾った「小石」を詰め、2階にございます共同トイレに侵入し、仲間の合図を待ちます。

両手に小石を握り締め、トイレの窓から、いっせいにヤマダのかわら屋根目掛けて「爆撃」を開始するのですが、かわら屋根に小石がぶつかる音は、妙にリズミカルで、まるでヒョウでも降ってきたかのようでした。

すると、裏木戸を開け、頭上を見上げながら、「こぉ〜らぁ〜、おまえらぁ〜、なぁ〜にをしとるかぁ〜!」というババアの叫び声。

こんなトリッキーな日々にも、突然終わりが訪れました。

数ヶ月か、いや半年、1年くらいは続いたのでしょうか、ある日、ヤマダがボヤ騒ぎになってしまったのです。

誰かが投げ込んだ爆竹によって、店内に火が点いてしまった。

大事には至らなかったものの、ここまで来てしまえば、ババアとしても黙ってはいられなかったのでしょう。

小学校にクレームが寄せられまして、生涯忘れらないこれまた「伝説の朝礼」へとなだれ込むのでありました。

その日は、風が強い冬の朝だったと思います。

何となくいつもとは違う雰囲気の校長先生が壇上に上がり、マイクを通して我々に向かってこう言い放ちました。

「先日、駄菓子屋のヤマダさんで、危うく火事になりそうな事件がありました」

「お店の中に、花火が投げ込まれたのが原因だったようです」

「お店の方から、注意してほしいとのお願いがありましたので、今日、こうして皆さんにお話ししています」

「皆さん、正直に答えて下さい、この中で、ヤマダさんにご迷惑をお掛けしたことがある人、手を挙げて下さい」

水を打ったように静まり返る校庭。

おずおずと手が挙がり始めたのですが、最終的には、全校生徒のほぼ90%くらいの手が挙がりました。

もはや個人的に呼び出し注意をするレベルではないことに、心底あきれてしまったのでしょうか、マイクを通して、一瞬風が吹きすさぶ音が聞こえたあとに発せられたのは、ため息交じりの校長のひと言。

「もう、いいです」

今、思い返しても、校庭中の生徒たちの手が挙がる様は、壮観と申しましょうか、「マスゲーム」のようでもあり、何だか勇ましく(?)も感じられたのでありました。

ヤマダのババアの名誉のために付け加えさせて頂きますが、本人はさして嫌味な性格でもなかったのですよ。

憎まれて襲撃されていたというよりも、リアクションが面白過ぎるから、爆竹を投げ込まれていたというのが正解だと思います。

愛情の裏返しとか、そんなヤツです。

いや、他人の家に爆竹を投げ込むなんて行為は絶対に許されないのですが、時代と申しましょうか、高度成長期の勢い(?)みたいなものは何となく感じますよね。

で、ババアとの個人的な思い出なんですけど、おそらく日曜日だったと思われますが、駄菓子を仕入れにいった帰りのババア。

自転車の荷台に大量の駄菓子を積んだババアと偶然出くわしたことがあるんですよ。

いきなり逃げるのも不自然なので、一応挨拶してみると、「アンタはウチの店に来ても、万引きをしたことはないねぇ」。

「おばさんはさぁ、お店の切り盛りをぜ〜んぶ1人やってんのよ、ホントに大変なのよねぇ」

何となくババアの愚痴を聞かされつつ、自転車を引くババアと並んで歩くわたくし。

以来、店に駄菓子を買いに行った際の態度があからさまに軟化したババア。

以前は絶対にしてくれなかった、オマケまでしてくれるようになっちゃって。

1人住まいだったと思うんですけど、駄菓子屋経営の苦労話なんかを誰かに聞いてほしかったのかもしれませんね。

こんな心温まるエピソードで終わった、ヤマダ襲撃事件なのでありますが、このままではトロント・ブログとは到底呼べないシロモノになってしまいます。

無理やりにでも、トロントに結び付けないとどうにもこうにも今週のブログを終われません。

昨今の東京、いや日本中かもしれませんが、駄菓子屋さんの数は激減と申しましょうか、もうほとんどトキみたいに「レッド・データ・アニマル」化していると思うのですよ。

昔の駄菓子屋さんの代わりになっているのは、コンビニだったりすると思うのですが、わたくしめがしばしば通う、ドン.キホーテ様。

このドン.キホーテ様には、結構広いスペースの駄菓子コーナーがございます。

ある時、見つけたのは「カレーせん」というカレー味のおせんべいなのですが、お値段の割りには美味しいのなんのって。

帰国した際、たまたま食した妻と娘も大ハマリで、トロントにお土産として大量に買い込んで帰ったのが、この「カレーせん」。

これがあーた、娘の友だちたちからも絶賛されたのでございます。

中国、韓国、インド、フィリピンからの移住者たちなのですが、こんなに美味しいおせんべいを食べたことはないとおっしゃる。

まあまあスパイシーな味が大好きな方々なので、この「カレー味」がハマったんだと思うのですが、我が家が東京から買って帰る(ガイジン勢に差し上げるための)お菓子をざっと列挙してみましょうね。

ドン.キホーテ様で購入する「亀田のカレーせん」税抜180円(亀田製菓)

同じく、ドン.キホーテ様で調達する「やさしい口どけ 5つのフルーツ フルーツ ラムネ」税抜570円(春日井製菓)

ウチの近所だと、どらっぐぱぱす様が一番安いと思うんですけど、「ばかうけ アソート 40枚入り」税抜258円(栗山米菓)

これらの3アイテムは、周囲のガイジン勢から絶賛されているのであります。

大袋に大量に入っていて、多種類の味が一度に楽しめて、なおかつひとつひとつがきちんと包まれている。

トロントでは、こんな品質の高いお菓子を、これほど安いお値段で購入することは絶対に不可能です。

「カレーせん」こそ違いますが、「フルーツ ラムネ」、「ばかうけ アソート 40枚入り」はまさに大袋の魅力。

「こんなにおいしいスナック菓子はトロントにはない」

娘の友人たちが感激するのも、無理はありません。

わたくしもそう思います。

トロントのスーパーなんかでも、あられの類いは売られていますが、どうにも味が今イチなんですよ。

味に深みがないと申しましょうか、変にスパイシー過ぎたり、妙に味が濃かったり薄かったりね。

韓国系のスーパーなんかでは、輸入された日本製のお菓子が売られておりますが、日本での値段の2倍から3倍となっております。

それでも、カレー味のおせんべいなどは見掛けませんし、ラムネもほとんど見ないですよねぇ。

ガイジン勢に言わせますと、ラムネのあの口どけは堪らないようです。

何となく、ヤマダ襲撃事件とお土産のお菓子をつなげてみたんですけど、どうでしたかね?

日本のラムネ如きで大喜びしてくれるとは。

おせんべいがそれぞれの味ごとに袋詰めされていて、大袋に入って売られているのは、何とも「クール」なのだそうです。

トロント(北米と言っても好いかもしれませんね)のお菓子はレベルが低いですからねぇ。

今どき、こんなに着色料使ってんのかよ?、というような下品な色合いのお菓子も多いですし。

「ばかうけ アソート 40枚入り」の大袋をホントにうれしそうに抱きしめて持って帰る、娘の友人たち。

今年で13歳の女の子なのに、こんなリアクションです。

おせんべいからも、ニッポンの底力、「クール・ジャパン」を見て取れるのでありますね。

先日、ヤフーのトップニュースになっておりましたのは、アメリカで爆発的に「柿の種(商品名は「カメダ・クリスプ)」が売れている。

辛さは日本の製品の3倍だそうですが、今年は売り上げが前年比5割増しだというのがありました。

おせんべいの類いでも、日本は海外を席巻しているのでしょうか。

田中家では、ディナーのあとで、おせんべいなどをつまむのですが、ポテトチップスなどではどーにも違うんですよ、こんなところはモロ日本人なのかしら、「ヤマダ襲撃事件」は生涯忘れません、だってお店に「爆竹」を投げ込むことなど、もう一生ないでしょうからね、今週は大人しく「通常営業(?)」でお届け致しました、好きですトロント!

20150722.JPG
にほんブログ村 海外生活ブログ トロント情報へ
posted by 田中フラッフィー at 07:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | トロント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月22日

雨あがりの夜空に

7月14日、トロントは朝からの雨で、珍しく人と会う約束なんぞをしていたわたくしは、何となく億劫(おっくう)だなぁと思っておりました。

「サンダーストーム」とか縁起でもないことをニュース・ショーで予告されてはいたものの、雨足はそれほどでもなく弱い雨がダラダラと降るような天気。

夕方の外出時には、思いのほか早く雨が上がってくれましたので、およそ1時間の打ち合わせを終え、地下鉄の駅に向かう頃には、カサが邪魔に感じられるほどでした。

妻、娘との夕食を済ませ、シャワーを浴びてソファーでくつろいでおります。

我が自宅はコンドミニアムの高層階。

上から大きな公園を見下ろすような景色に目をやり、雨に洗われた木々を眺めつつ、家々のチラつく灯りなどに見とれておりました。

平和なのです。

殊の外(ほか)静かであります。

トロントの自宅にて、雨あがりの夜空に目を向けながら思ったこと。

「もう日本は7月15日になったんだな」

もしかすると、日本の歴史に悪い意味で刻まれるかもしれない日付に。

コンドミニアムの同じ階に、中東から移住してきたご家族がいらっしゃるのですが、先日の「ラマダーン(断食月)」明け。

ホームパーティーをしていたみたいなんですけど、ベランダでバーベキューでもやったんだか、オーブンで何かを大量に焼いたのか、エレベーターホールにつながる玄関ドアを全開にしてるんですよ。

どうして玄関を開けてパーティーをやっているのかと思えば、室内に設置されている「火災報知器」のせい。

煙が充満したり、室温が上がり過ぎればブザーが鳴ってしまうのです。

それを回避するべくドアを開けていたのですが、度々「ピ、ピ、ピ、ピ!」と鳴ってしまい、大騒ぎをしているので我が家族は大笑い。

「ま〜た、鳴ってるね」とか言いながらニヤニヤしております。

窓からは、肉を焼いているようなニオイもしてくるし、「ラマダーン」明けで相当盛り上がってんな、といったことろでした。

ミドル・スクールに通う娘のクラスには、中東といわず、世界各国の生徒が在籍しております。

グレード7(12歳)の「language(国語ですね)」の授業なんですけど、今年度の最大のプロジェクトは、何と「スピーチ」。

自分の趣味でも好いのですが、生き方、信条などを論文にして、クラス全員の前で発表すること。

そのスピーチは生徒たちの投票により、これはという内容のものが、最終的には、グレード6、グレード8。

要するに全校生徒たちの前で披露されるのであります。

我が娘のスピーチのタイトルは「Never giving up!」。

人生は絶対にあきらめてはいけない。

どんなに追い詰められても、希望を捨ててはいけない、逃げてはいけないという内容でした。

プレッシャーで押し潰されそうになるような出来事。

そんな人生の壁が現れても逃げずに闘い、乗り越えた時に初めて、人間は成長出来るのではないだろうか?

「大丈夫!キミならできる!」とか、松岡修造さんみたいなノリなんですけど、企業の講演会みたいなスピーチでしたね。

自宅では、それこそオーバーアクションで大声で練習していましたっけ。

娘からは、クラスの子たちがどんなテーマでスピーチを行なったかを教えてもらったのですが、最も興味深かったのは、イランから移住してきた男の子のスピーチです。

内容は、「イランの核開発の制限について」。

話の展開は、イランは核開発を制限すると言っているのに、アメリカは最後まで信用しなかった。

アメリカはいちいちイランに文句を言ってくる。

アメリカは何様なのでしょうか?、フザけないでほしいですという結論だったそうです。

スピーチが終わるや、教室内は大拍手。

今年13歳になる子供たちです。

中学校の授業で、「アメリカ、フザけるな!」というスピーチ。

日本の学校では、こんな発表はまずあり得ないでしょうし、許されもしないでしょう。

例えば、アメリカは軍事費を削っている。

その削った分を日本に補わせるべく、自衛隊を下請けのように使おうとしています。

「私は、アメリカが許せません!」、とか授業で発表するなど絶対に無理ですよねぇ?

教師たちだって、対処が出来なさそうですし、生徒の側でも好成績が出るような差し障りのないテーマしか選ばないでしょうしね。

これが、「多民族国家」と「単一民族国家」との違いなんですね。

「価値観」が多用なのですよ。

国内に、いろいろな意見があって好いのです。

どんな意見を言おうが、とりあえずは聞いてもらえるんですね。

少なくとも「門前払い」とかはない。

「右」とか「左」とかそんな2極対立もありません。

「右」、「左」だけではなく、「上」にも「下」にも「斜め」にも思想がありそうですしね。

わたくしが中学校1年生の頃ですから、かれこれ35年近く前。

同じクラスに、今思い起こせば、お笑い芸人のいとうあさこさん似の女の子がおりました。

世はアイドル全盛時代。

トシちゃん(田原俊彦さん)、マッチ(近藤真彦さん)、聖子ちゃん(松田聖子さん)。

「顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを」のセリフでお馴染みの三原順子(現在は、じゅん子)さんなんかも、大人気でしたね。

そんな中、いとうあさこさん似の女の子はといいますと、口を開けば、「キヨシロー様、カッコいいー!」ばかり。

「キヨシロー様」?

それに引き替えわたくしめは、吉田拓郎さん、武田鉄矢さんの海援隊とか、八神(やがみ)純子さん、渡辺真知子さんとか。

割りとフォーク&ニューミュージック路線と申しましょうか、中学1年生という年齢よりは少し上の趣味だったのかもしれません。

そんな状況下で、「キヨシロー様!」ですから、目立ったのなんのって。

忌野清志郎(いまわのきよしろう)さん率いるRCサクセションの存在こそ知ってはおりましたが、中学1年当時の自分とは関わりのない音楽のようでした。

時は流れて、坂本龍一さんとの「い・け・な・い・ルージュマジック」の頃からでしょうか、清志郎さんのとてつもない才能を意識し始めたのはね。

この方は、おそらく日本を代表するロック・スターにして、唯一無二の存在なのではなかろうか?

で、初期の頃の「僕の好きな先生」という曲まで遡(さかのぼ)って聴いてみたりして、徐々にお近づきになったんですけど。

思えば、清志郎さんの曲とは、細野晴臣(ほそのはるおみ)さん経由で到達することもあり、細野晴臣さん、忌野清志郎さん、坂本冬美さんで結成したユニット「HIS(ヒズ)」の「日本の人」というアルバムを購入。

ザ・タイマーズとしての活動では、「デイ・ドリーム・ビリーバー」が某コンビニ様のラジオCM曲として未だに使用されておりますので、ご存知の方も多いことでしょう。

清志郎さんと言えば、そのド派手なコスチュームとメイクも特徴的ですが、30年近く前から、定期的に「反戦」、「反原発」の曲を歌っております。

時には発売中止になるなど、それなりの騒ぎにもなっちゃったりして。

「ラヴ・ミー・テンダー」と「サマータイム・ブルース」なんかが、よく取り沙汰されますけど、核なんかいらないとか、原発についての内容です。

別に「反戦」、「反原発」ソングなどを歌わなくとも、すでに確固たる地位を築いておりましたし、何も電力会社を敵に回すようなことなどねぇ、わざわざねぇという向きもあったとは思います。

が、しかし、徹底的に闘っていたのはなぜでしょう。

清志郎さんには、果たして日本の未来がどのように見えていたのでしょうか?

ここからは、あくまでわたくしの憶測。

本当に推測ですので、話半分といったお気持ちでお聞き下さい。

想うに、清志郎さんは、現実を直視していたのではないか?

見て見ぬフリをしない。

疑問に思ったことは、きちんと口にすること。

「未来を想うってことは、現実や現状から目を逸(そ)らさないってことだぜ、ベイベー」

どう考えてもおかしいと思う事にはNOと言おう。

現在、清志郎さんがご存命であれば、一体どんな行動に出ていたのでしょうか?

娘のクラスのイラン人の男の子もそうですが、「アメリカはおかしい」と疑問に思っていることを、スピーチで堂々と述べた訳です。

便利さ、治安を含め、日本に勝る国は、世界にはほとんどないでしょう。

数少ない日本の弱点は、やはり「単一民族国家」であるということ。

「単一民族国家」にも多々利点はあるのですよ。

思想がまとめ易いので、国家戦略などで一丸となって経済成長を目指す!なんてのとか、ほぼ日本語だけのコミュニケーションですから、意思の疎通も容易でトラブルも少ない。

なので、治安を維持するのもたやすいはずです。

が、しか〜し、「まとめ易い」のを政府に悪用されれば、一気にあらぬ方向へと持って行かれる可能性もある。

トロントの良いところは、何と申しましても、「人種のるつぼ」であるということ。

世界中の人々が集(つど)っている「多民族国家」に属しているということに尽きるかと思われます。

「右」が正しいとか、「左」が正しいとかではなく、さまざまな意見を言える世の中が理想ですよね。

今週のブログ・タイトル「雨あがりの夜空に」は、ご存知の方も多いかと存じますが、RCサクセションの名曲であります。

日本の全国各地で「デモ」が行なわれている。

いつから日本はこんな国になってしまったのだろう?

国会を包囲しているとか。

わたくしが敬愛しております上々颱風(シャンシャンタイフーン)というバンドの曲に、「平和が戦車でやって来る」というのがあります。

日本がこのような国にならないことを切に願っている次第です。

「雨あがりの夜空に」、今後日本はどうなって行くのだろうか?と思いを馳せたトロントの自宅にて。

今週は若干政治的な内容でしたので、「にほんブログ村」様に怒られちゃうかしら?、トロントにお住まいの日本人の方々も、決して他人事(ひとごと)ではありません、たまには政治のことも話した方がいいかもね、好きですトロント!

20150805.JPG
にほんブログ村 海外生活ブログ トロント情報へ
posted by 田中フラッフィー at 07:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | トロント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月15日

人生は「価値観」を揺さぶられてナンボかもしれません

先日、トロントへのフライト当日。

例によって、自宅から大荷物と一緒にタクシーに乗車したのですが、某JR線の駅前までの道すがら、意外な出会いがあったのでございます。

扉が開いて、キャリーバッグともども後部座席に乗り込み、運転手さんの横顔を見た瞬間、ん?、何かこの人フツーではないんじゃないか?、という閃き(ひらめき)があったのです。

別に、差別とか偏見ではないのですよ。

50代くらいでしょうか、左の耳たぶには、小さな黒い石のようなピアス。

ハンドルを握っております左手には、薬指と中指に、ゴールドの割りかしガッシリした指輪が。

髪は短髪、若干ツンツンした感じで立て気味だったのですが、茶髪であります。

顔は、英語教材「おしゃべりアメリ缶」の小林克也(こばやしかつや)さんみたい。

わたくしめの荷物の多さからか、「お客様、どちらか海外へお出掛けですか?」から始まった車内トーク。

「カナダなんです」の言葉に対して、やや食い気味に、「カナダはどちらですか?」とテンポの早い切り返しです。

「トロントなんですけど」

「あぁトロントですか、カナダはいいですよねぇ」

「行かれたことがあるんですか?」というこちらの質問に、待ってましたとばかりに繰り出された返答は、「実は、高校1年生の時に、1年間なんですけど、バンクーバーに留学してたんですよ」。

「私は、今55歳ですから、40年前になるんですけど、当時は、直行便なんてのがなくてねぇ、飛行機はみんなアンカレッジ経由だったんですよ」

「バンクーバーはそれほど寒くないし、自然にも恵まれているし、最高でしたよ、当時は水道代がタダだったと思いますね、それっくらい資源が豊富な街でした」

話の展開が非常に面白くなってきたので、「海外に留学して、何が一番好かったですか?」と質問してみたのです。

「それはねぇ、お客さん、何と言っても、『価値観』が広がったってことですよ」

「日本にいる時には解らなかった、堅苦しさっていうんですかねぇ、校則とかいろいろあるでしょう、ルールに縛られている感覚がカナダにはなかったんですよね」

「日本では当たり前なことが、カナダでは異常なことになっちゃうんですから」

「そんな価値観を崩壊させられるようなことが毎日起こるんです」

「で、いつしか、『どうにかなるさ』、『別に命を取られる訳でもないし』とか、妙に達観しちゃったような、気が長くなっている自分に気が付いたんですよ」

トークは更に熱気を帯びて参りまして、調子に乗って聞いてみたのは、お馴染みの「英語の習得」についてです。

「日本は、小学校から英語の授業をやるとか、そんな話になってますけど、それについてはどう思われますか?」

「私らの頃は、おそらくお客さんも同じだったと思いますけど、英語の授業は中学1年からだったですよねぇ?」

「それを小学校にしても、大差はないんじゃないですかねぇ?」

「授業だけで英語を使っていても無理だと思うんですよ、休み時間も何も、学校に登校してから帰るまで、日本語禁止にでもしないと、まず英語の習得は難しいと思いますねぇ」

「でも、それをやろうとすると、日本人の先生では、おそらく無理でしょうし、インターナショナル・スクールみたいに、莫大な授業料とかになっちゃうかもしれませんしね」

「自分も、『英検』とか受験しましたけど、テストのための勉強でしたからねぇ、それを目標にするのもいいとは思うんですけど、テストの先にあって、生涯使っていくのが言葉だと思うんですよねぇ」

タクシーの中の、およそ20分間。

ひたすら、海外留学、英語習得について意見を交わしていたのですが、印象的だったのは、「海外留学の意義は、既存の『価値観』を広げられること」、と端的におっしゃっていたことです。

「英語の習得」に関しては、上手いとか下手ではなく、とにかくガイジン勢とコミュニケーションすること。

文法なんて無視した英語だらけで、こんな英語で十分なんだと、留学当初の時点で、肩の荷が下りたとも言ってましたね。

とにかく、しゃべり続けることだと。

日常生活において、価値観を揺さぶられるということ。

そんな機会は、日本においてはあまりないかもしれませんが、こんなこともそれに当たるのかもしれません。

多少の恨み、つらみも込めて、お話しさせて頂きますのは、某出版社にて、わたくしめの価値観が揺らいでいた時期のこと。

学生時代、社会に出るまで、「部活」というものに属したことがない、超文化系。

「上下関係」とか「先輩後輩」とか、何だかわずらわしいし、出来れば関わりたくないとか思っていたわたくしです。

「さとり世代」とか、どちらかと言えば、今の20代の方々に考え方が近かったのかもしれません。

世はバブルでした。

ノリが悪いヤツは許さないというような風潮が、世間には蔓延しておったのです。

そんなか弱いわたくしが配属された先は、文化を創造する(?)出版社とは思えないほど「体育会系」色の強い部署。

ほぼ毎晩の宴会。

お酒を一滴も飲めないわたくしにとりまして、新入社員時代の1年間は、まさに「地獄」の1年であったのでございます。

わたくしめの、それこそ大嫌いな日本語の1つに、「俺の酒が飲めないのか?」があります。

諸先輩方から、「俺の酒が、俺の酒が」と言われても、だ〜れのお酒も飲めないの。

あなたのお酒だけじゃないの、どなたさまのお酒も、わたくしは平等に飲めないのよ。

などと、心の声は声高に叫んでいるのですが、相手は凶暴な(?)先輩たちですから。

この1年間で刻まれたのは、「体育会系の男子たちは、大抵お酒を強要する」という「価値観」でした。

まあまあ2年目からは、矛先は新入社員たちに向かいましたし、「まったく飲めない田中」というイメージも社内に蔓延(?)したというのも手伝って、さして厳しい攻撃も受けなくなってきたのは幸いでした。

そんなある日、縁あってプロレスラーのザ・グレート・カブキさんと出会ったのですが、この出会いは大変意外なものだったのです。

小学生の頃からの大ファンでしたので、ご本人にお会い出来るのは本当に奇跡。

うれしくて仕方がなかったのですが、不安な部分も多少ありました。

某酒場のママさんがセッティングしてくれた宴席だったのですが、こちとら完全なる「下戸(げこ)」です。

相手は、20歳も年上で、どう考えても大酒飲みのプロレスラー。

どうやって対処したら好いのだろうか?

緊張感でガチガチになっているわたくしに、初対面のカブキさんはこう言いました。

「酒が全然飲めないんだって?、でも、別に俺の前で、無理して飲むことなんてないからさ」

「酒の席はさぁ、みんなが楽しくないとダメだと思うんだよ」

「飲める人、飲めない人、カラオケだってそうでしょ、歌が苦手な人だっているんだからさ」

「強制はダメだよ、何でもさ」

え?、プロレスラーって、体育会系の権化(ごんげ)みたいな存在だと思ってたんですけど。

以来、20年以上の時を経ていますが、カブキさんからは一度も「飲め」と言われたことはありません。

先日、このことをご本人にお話ししたんですよ。

「初対面の時に、『酒、飲めよ』とか言われていたら、たぶん2度とお会いしてないと思うんですよね」

すると、「俺も、さんざん先輩たちから、酒を無理強いされてきたんだけどさ、カッコ悪いじゃない?、嫌がってる人にさ、エラそうに酒を飲ませるなんてさ」。

「俺の考えっていうかさ、『価値観』に合わないから、どんな若い衆と飲んでも、酒を強要しないんだよね」

やはりサラリーマン時代なんですけど、最後に組んでいた上司も、大学まで野球を続けたバリバリの体育会系の方だったのですが、この方もカブキさん同様、例外的(?)な人物でした。

「田中君の酒は、俺が全部飲むからさ」

「酒は、美味しく飲める人が飲むべきだと思うんだよね」

もう、このように言われた時は、神々(こうごう)しくて背中に後光が差しているようでした。

社会人になり、体育会系=お酒を無理に飲ませるという誤った「価値観」に支配されていたわたくしは、当たり前ですけど、そんな人たちばかりではないという、新たな価値観を抱くようになったのございます。

こんなのも、「価値観」の揺らぎ。

日本は、おそらく世界一安全な国だと思うのですよ。

女性が夜、独りで歩ける。

自動販売機が盗難や破壊されたりもしない。

24時間営業の店舗が襲撃されることもほとんどないし。

これらは日本では当然なのですが、海外では異常なのですね。

もうホントに「異常事態」です。

海外にあれだけ24時間営業のコンビニなんかがあったら、犯罪が多発してしまうでしょう。

間違いなく強盗の格好の標的になってしまうはず。

でも、日本だと事件が起こることは少ない。

加えて、日本はほぼ「単一民族国家」なものですから、その「価値観」が多様にはなりづらい訳です。

諸外国からの移民の数も限られていると思われますし、大昔の「鎖国」の時代から、「変化」は極力「限定的に」済ませたい。

「事なかれ主義」とまでは申しませんが、「変わること」が苦手な国民かもしれませんね。

服装とか、いわゆる「流行」の話ではなく、あくまで「価値観」という意味でね。

「保守的」と申しましょうか、支配階級から見れば「まとめ易い」。

そこには雑多な「価値観」がない訳で。

「平和」が当たり前だった時代には、まったく持って意識してこなかった「価値観」が、それが脅かされそうになって初めて、見直されたり、再評価されたりもそうですね。

ある「価値観」があって、別の「価値観」とぶつかることによって、元からあった「価値観」を考え直したり、守ろうとしたり。

「刺激」と言っても好いかもしれませんが、「価値観」を揺さぶられることには、かような効果があるのですね。

さて、わたくしたち日本人には至極当然な事象でも、外国人の皆さまからすれば、信じられないなんてなことが、そこいら中にあるのがニッポン。

先日、読んでいて、大いに納得。

こりゃ面白いねと、思わずヒザを打った書籍がございますので、ここでご紹介させて頂きます。

タイトルは、「クール・ジャパン!? 外国人が見たニッポン」、著者は鴻上尚史(こうかみしょうじ)さん。

講談社現代新書からの刊行で、定価は税別760円であります。

まぁ、外国人が見た日本人のここが「クール」という物、及び事が多数指摘されていて、本当に興味深いんですけど、「外国人が、これはクールだと思ったランキングベスト20」をほんのサワリだけ。

1、洗浄器付き便座

2、お花見

3、100円ショップ

4、花火

5、食品サンプル

6、おにぎり

7、カプセルホテル

8、盆踊り

9、紅葉狩り

10、新幹線

11、居酒屋

12、富士登山

13、大阪人の気質(ノリの好さがラテン系に近い)

14、スーパー銭湯

15、自動販売機

16、立体駐車場

17、ICカード乗車券

18、ニッカボッカ

19、神前挙式

20、マンガ喫茶

日本人の「価値観」からすれば、その存在は当たり前なのですが、外国人から見れば良い意味で「異常」であったり、素晴らしかったり。

海外生活をしたことのある方なら大いに共感。

「そう、そう、そう」とか言いながら、盛り上がっちゃうこと請け合いでございます。

我々が海外に行った時もそうですが、外国人の皆さんも、ニッポンを訪れた際には、メチャメチャ「価値観」を揺さぶられている訳ですね。

文中には、ガイジンさんが「自分が日本人化していると思う瞬間」という箇所もあるのですが、外国でタクシーに乗る際、自動でドアが開くのを待ってしまった時というのがありました。

海外では、ドアが自動で開くタクシーはありませんものねぇ。

日本では「常識」であっても、海外では「非常識」

この「価値観」の差を体験するのも、海外旅行の醍醐味の1つかもしれません。

今回のカナダ入国時、例によって「税関申告書」を記入したのですが、パスポートに挟んで、バッグの中にしまっておいたのは好かったのですが、提出する段になって、上部がチャックに挟まり用紙が破れてしまいました。

ギリギリ名前の部分は切れていなかったのですが、思いっきり切れてしまっています。

入国審査の列に並びながら、やはり書き直すべきだろうか?、とそばにいた係員に聞いてみるや、それで大丈夫。

え?、こんなに破れてるのに?

永住者カード(PRカード)を機械にかざし、「税関申告書」を挿入するように指示が出たので、破れている方から差し込んでみるや、見事にエラー。

で、機械がどのような指示を出してくるかと思えば、書類を上からではなく、下の部分(破れていない方ですね)から入れなさい、と来た。

ホントかよ?

ひっくり返して、破れていない方から挿入すれば大丈夫なの?

こんなに破れてんのに?

結果は、見事入国を許諾され、「どんなマシンなんだよ」とひとり言。

日本だったら、これだけ破れた書類でしたら、おそらく書き直しではないだろうか?

かと思えば、空港の公衆電話からトロントの自宅に電話を入れた際。

25セントコインが2枚必要(別に、1ドルコイン1枚でもいいんですけどね)なんですけど、財布にはカナダドルの25セントコインとアメリカドルの25セントコインが、1枚ずつしかありません。

コインの側面のギザギザは、ちょっぴり違うみたいだけど、大きさもほとんど同じだから一緒に入れてみるか、と試してみるや見事に電話が掛かりました。

他国のコイン同士を一緒に使用出来る。

これも日本では無理かもしれません。

海外生活をしておりますと、「価値観」及び「先入観」を良い意味で崩されることが多々あります。

こんなのもオッケーなのかよ?、そんなのの繰り返しであります。

日本国内ではあまり体験出来ない、「価値観」の崩壊。

「価値観」を揺さぶられると見識が広がるので、やはり人生にも厚みが増すのでしょうね。

さまざまな「価値観」に出会うことこそが、海外生活の最大のメリットかもしれませんね、日本が世界一便利な国なのは、ほぼ間違いありませんが、便利だからこその「息苦しさ」なんかもあったりして、今週は内容が割りかしマトモね、好きですトロント!

*資料図書 「クール・ジャパン!? 外国人が見たニッポン」鴻上尚史 講談社現代新書 これはお薦めです!

*掲載写真は、バッグのチャックに挟まって無残にも切れてしまった「カナダ税関申告書」の切れ端。ものの見事に破れております。ギリギリ名前の部分が切れていなかったのはラッキーだったですね。

20150715.JPG
にほんブログ村 海外生活ブログ トロント情報へ
posted by 田中フラッフィー at 07:37 | Comment(6) | TrackBack(0) | トロント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。